東京地方裁判所 平成9年(行ウ)31号 判決
原告
石田千秋(X1)
同
若林ひとみ(X2)
右両名訴訟代理人弁護士
高橋利明
(ほか一三名)
被告
(東京都知事) 青島幸男(Y1)
同
隅田憲平(Y2)
右両名訴訟代理人弁護士
伊東健次
同
今井克治
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件訴えは適法な監査請求を経たものといえるか否か)について
1 法二四二条の二の規定する住民訴訟については、適法な監査請求を経ていることがその訴訟要件となるところ、前記第二の一4、5記載のとおり、原告らが本訴において違法な財務会計上の行為として問題としている本件航空賃の支給は平成七年一〇月六日にされたものであり、他方、本件監査請求は平成八年一二月一二日にされたものであるが、本件監査請求が法二四二条二項の定める監査請求期間を徒過した違法なものであるか否かが問題となる。
2 この点につき、原告らは、本件監査請求は、東京都(都知事)が本件航空賃の支給に係る損害賠償請求権の行使を怠っているために、原告らが監査請求をしたものであり、「怠る事実」については監査請求の期間制限に服さないから、本件監査請求は適法である旨主張する。
しかしながら、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項の規定による監査請求があった場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法ないし無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二条の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし、法二四二条二項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである(最高裁昭和五七年(行ツ)第一六四号同六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁参照)。
したがって、仮に原告らが、本件航空賃の支給に係る損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実として本件監査請求をしたものであったとしても、本件監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる本件航空賃の支給があった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきものである。
よって、原告らの前記主張は採用することができない。
3 さらに、原告らは、本件議員らがファーストクラスの運賃による航空賃の支給を受けながら、実際には、ビジネスクラスを利用してその差額を流用した行為は、都議会において秘密裡に行われていたものであって、この事実は、平成八年一二月五日付けの新聞報道によって初めて明るみにでたものであるから、一年間の監査請求期間が経過した後に本件監査請求をすることには正当な理由がある旨主張する。
しかしながら、原告らの右主張は採用することができない。その理由は次のとおりである。
(一) 法二四二条二項本文は、監査請求について、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができないと規定しているところ、法が監査請求についてこのような期間制限を設けたのは、普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為がたとえ違法・不当な場合であっても、いつまでもこれを監査請求ないしは住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないとの理由によるものである。しかし、普通地方公共団体の執行機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され、あるいは当該行為自体は公然とされたものであってもその内容を偽るなど当該行為について仮装、隠ぺい行為が行われ、右仮装、隠ぺい行為の存在が当該行為があった日又は終わった日から一年を経過した後に初めて明らかになった場合などにおいても、右の趣旨を貫くことは相当でないことから、法二四二条二項ただし書は、「正当な理由」があるときはこの限りでない旨規定し、客観的にみて当該普通地方公共団体の住民が右仮装、隠ぺい行為を知り得なかったと認められるときなどには、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、その住民において相当な期間内に限り監査請求をすることができるものとしたのである。
(二) 他方、普通地方公共団体の執行機関又は職員のする財務会計上の行為には、内部的にされるものが多くあり、このような行為については、当該普通地方公共団体の住民がその存在及び内容を知らないことが通常であり、これらのすべてについて単に住民が当該行為の存在及び内容を知り得なかったということのみで、監査請求期間経過後に監査請求をすることにつき「正当な理由」があるとすることは、法が監査請求について期間制限を設けた趣旨を没却することになるのであって、法が監査請求について期間制限を設けた趣旨や監査請求期間の始期を「当該行為のあった日又は終わった日」とし、これを住民が当該行為のあったことを知ったか否か又は知ることができたか否かにかからしめていないことに照らしてみれば、普通地方公共団体の執行機関又は職員がした財務会計上の行為について前示のような仮装、隠ぺい行為が行われていない場合において、監査請求期間経過後に監査請求をすることにつき「正当な理由」があるというためには、単に当該普通地方公共団体の住民が当該行為の存在及び内容を知り得なかったということのみでは足りず、天災地変等による交通途絶のため監査請求期間を経過したなど、他に監査請求期間経過後においても監査請求を認めることを相当とする特別の事情が存することを要するものと解するのが相当である。
(三) これを本件についてみてみるに、原告らが本訴において違法な財務会計上の行為として問題としているのは、都議会議員費用弁償等条例七条等において定めるところに従って、定額方式によりファーストクラスの運賃による航空賃を支給した行為であるところ、原告らは、都議会では、永年にわたりファーストクラスの運賃の支給を受けながら実際にはビジネスクラスを利用するという慣行が秘密裡に行われ、また、本件調査団の外国旅行においても、ファーストクラスの運賃の支給を受けながら実際にはビジネスクラスを利用する行為が秘密裡に行われたかのように主張する。しかしながら、都議会において右のような慣行があったとか、本件航空賃の支給に関し、本件議員らがビジネスクラスを利用するにもかかわらず、ファーストクラスを利用するかのように仮装する行為が行われたとかいう事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、仮に原告らが、本件議員らがファーストクラスの運賃による航空賃の支給を受けながら、実際にはビジネスクラスを利用していたという事実を平成八年一二月五日付けの新聞報道によって初めて知ったものとしても、これをもって、直ちに本件航空賃の支給について監査請求期間経過後においても監査請求を認めるべき「正当な理由」があるということはできず、他に本件航空賃の支給について監査請求期間経過後においても監査請求を認めることを相当とする特別の事情が存するものとは認められない。
したがって、本件監査請求については、法二四二条二項ただし書にいう、監査請求期間経過後に監査請求をすることについての「正当な理由」があるものと認めることはできない。
4 以上によれば、本件監査請求は、法二四二条二項の定める監査請求期間を徒過した不適法なものであるから、本件訴えは、適法な監査請求を経ていない不適法な訴えというべきである。
二 結論
よって、本件訴えは、不適法な訴えであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 篠田賢治)